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家が汚い。
汚いと感じる。 体調不良に加え、 元来の意志の弱さと怠惰と適当さのせいで、 いつも家が散らかっていることにはたと気づき、 愕然とした。 あるべき物が、あるべき場所にある。 それがどれだけ心のゆとりにつながるか、 そして逆に、散らかっていることが、 どれだけ心の動揺を表しているか、 知っているようで、 日々の雑多なことに追われる中で、 見捨てていた。 これはきっと、 こどもたちの心の動揺にもつながっていると思う。 先週、アースデーで東京にきていた友人が、 自分の家が片付くまで結婚はしてはいけない気がする、 と話していた。 え?何それと思うことだが、 それはとても真理をついているのかもしれないと、 いま思う。 自分の身の回りのことを、 誠実にこなせるようにならなければ、 誰かと生活をともにする、 ということはしてはいけないのかもしれない。 もっと言うと、 自分の家庭のことをおろそかにするようなら、 女性は社会進出してはいけないのかもしれない。 家が散らかり、食卓をともにできず、 犠牲になるのは家族だ。 そういった不和が、 いまの社会問題の根本なのかもしれないと思う。 こんなことをつらつら考えるのも、 巣作り本能がでてきたからなのかもしれない。 # by little-fir-tree | 2008-04-25 02:03
日経にこんな文があった。
いのちという言葉は抽象的、情緒的であり、 現実の社会制度や経済がそれで動くものではないと思われがちである。 しかしその実体は食、健康、知と心、環境であり、 いのちを考えることは、 生活の基本を考えることなのである。 私も命というものにずっとむきあっていきたいと思っている。 こういうと漠然とした表現になるが、 それをひとつひとつひもといていくと、 日々の生活を大切にすることにいきつく。 どんなに正しいことを並べ立てるより、 子どもに絵本を読んであげることの方がずっと尊いと感じる今日この頃なので。 五年後十年後自分が何ができるかよりも、 今日、いま目の前にいる人のために何ができるか。 # by little-fir-tree | 2008-04-04 00:37
![]() ![]() ![]() 品川駅にはオーガニックカフェがある。 メニューも豊富だし、 ペットボトルのお茶もオーガニックが売っていて嬉しい。 日本の有機栽培は全体の1%にも満たないけれど、 お茶にかぎっては2%と結構頑張っている 私の予測だけどお茶は有機栽培しやすいからなのかなと思う。 お茶は洗って飲むわけにいかないし、日に何度も飲むものだから、 できるだけオーガニックを選びたい。
日本人は、いつからこんなに桜が好きなんだろう。
奈良時代の頃は、春の花と言えば、梅だったという。 桜を花見するようになったのは、平安時代からだそうだ。 そして、交配させたソメイヨシノが植樹されるようになったのは、 江戸時代。 話は変わるが、 私は昔から日本三景の1つ松島(宮城県)が嫌いだった。 いくたびに物悲しい気持ちになる。 そして、普通の日本人がこよなく愛する富士山、 というものにも、私は惹かれない。むしろ、あまり好きではない。 あの、一つ山の、ぽつんとした感じが、 やっぱりさみしく感じるのだ。 そして、もう1つ、華厳の滝に象徴される、滝。 あのちょろちょろ、一本線で流れる滝も、とくに、惹かれない。 こうしてみると、 私は、日本人が好きな、 ちょっと憂いのある、情緒てきな、景色、 というものに、ちっとも感動しないことになる。 私も、自然は好きだ。 山なら、ヒマラヤ山脈、 滝ならナイアガラ。 そう、ダイナミックな自然はすきだ。 話は戻すが、桜。 桜はすきだ。 きれいだし。 でも、それを好きな日本人はあまりすきではない。 さくらさくら、とお祭りさわぎしているもの、 マスコミがそれを煽るのも、 すきではない。 なぜか? なぜだろう。 きっと、 桜のさくときだけ、うわっと盛り上がり、 なくなればひいていく。 あとには何も残らない。 何の進歩もない、成長もない、 人々の群れが、すきではないからだと思う。 ああ、桜が咲いた、春だね。 そう感じる気持ちは美しいし、 大切にしたい。 でも、それにかこつけて、 どんちゃん騒ぎするのはどうだろう。 花見がてら、仲間との話にも、花が咲けばよいけれど。 「松島やああ松島や松島や」 と、松島でうたった松尾芭蕉は、 さみしい人だったんだな、って思う。 # by little-fir-tree | 2008-04-03 03:48
下の子が、ロタウイルスになりました。
ちょっと食べ過ぎじゃない?! と思うほど、食べに食べた日の夜から、 吐きまくり。 その後、熱が出て、下痢へ。 吐いてただけの時は、 食べ過ぎかと思ったけど、 熱が出て、逆に安心。 熱が出てくれれば、あとは、自然に、 体がばい菌くんと闘ってくれるだろう、 と思っていたから。 でも、田舎に帰ってたもんで、 親や姉に、病院へ行けと、さんざん言われる。 私は、熱、下痢が続く間は、 絶食が一番と思い、 母乳しか与えてなかったら、 病院にもいかないわ、 食べ物も与えないわ、 ひどい母親と思われていた。 東京に帰る日の午前中、 しびれをきらした母親たちのために、 病院へ行った。 結果は、ロタウイルス。 病院でも、下痢がおさまるまでは、 絶食でいいと言われて、 自分の判断が間違ってなかったことがわかり、 ちょっとほっとした。 絶食中も、別に放っていたわけではない。 手首の脈を触って、 拍動が弱まってないか確認したり、 チアノーゼ、唇の乾き、目の下の赤みで貧血の有無をみたり。 一応、最低限のバイタルチェックはしてたのよ。 絶食がいいという判断は、 看護学校の知識ではなく、 どちらかというと、自然療法系での知識。 病気のときに食べてしまうと、 病気と闘うはずの血液が、消化に使われてしまう。 だから、絶食して、 菌との闘いに専念してもらう、みたいな論理。 その後、 兄も下痢になったが、 梅肉エキスを飲ませると、 次のうんちはもう普通に戻っていた。 これはすごいかもしれない。 この『自然療法』という本には、 梅肉エキスは腸のあらゆる病気、伝染病などに、 最適とある。 今回の件で、再認識したが、 今時の母親は、 子どもを看る、ということを、 あまりにも怠っていないだろうか。 ちょっと鼻水がでたくらいで、 すぐ病院。 これでは、小児科医は大変だ。 なんで鼻水がでるのか、 寒いのか、水分の摂り過ぎか、 食事を見直すとか。 今、表に出ている症状を薬で治すだけじゃなくて、 根本の原因を見直すことと、 子どもが今、どういう状態なのか、 きちんと把握、判断できるようにすることが、 必要だと思う。 # by little-fir-tree | 2008-04-01 23:34
![]() しぶかさ知ってる!? 使えば使うほどエコになる、 リユース傘の無料レンタルサービスです。 この間のアースデー朝市で私も初めて知りました。 シブカサマークのついたお店においてるそうです アースデーマネーの学生ボランティアさんたちがはじめた活動だそうです シブカサを返却するとアースデーマネーがもらえます # by little-fir-tree | 2008-03-31 10:22
私も行ったことがないけれど、
オーガニックフェスタという、 オーガニックに関するさまざまな取り組み、出店、ディスカッションなどが、 行われるイベントが毎年あるようです。 オーガニックコンシェルジュの資格の勉強をしている身としては、 行ってみたいなあ。 しかも、今年のテーマは暮らしのオーガニック、 その中でも焦点はずばり「水」。 世界水フォーラム in メキシコで、 打ち水大作戦の取り組みを発表している私としては、 水に関しては、ちょっとくわしいよ。 それに、関心も大。 いきたい。 学校さぼろうか。 アドレス↓ http://www.organicfesta.com/Japanese/about_festa/index.html#about_organic # by little-fir-tree | 2008-03-30 01:29
すてきな三にんぐみトミー=アンゲラー / / 偕成社 スコア選択: つい最近まで、 息子がお気に入りだった絵本。 数少ない、私が気に入っている絵本のひとつ。 昔、私も読んでいた。 ストーリーもこころ温まるし、 日本語のリズミカルなのもいい。 どうやらうちの息子は、 暗記するまでひとつの本を読み続け(聞き続け)たいらしく、 最近まで、毎晩読んでいた。 そしてある日、 読みはじめたら、ほぼすべて暗記していた。 いまだに、 何の脈絡もないときに、 この本のフレーズを口ずさんだりしている。 私も大好きなので、 いっしょに言ったり。 絵本を読んでいたときは、 絵本の文中の、 「さあ、手をあげろ」のところで、 私が、指で鉄砲のまねをして息子につきつけ、 息子が「はい」と笑顔で、 手をあげるのが、定番だった。 こどもは、何度も何度も同じことをするのがすきだ。 そのこどもの欲求に、 「また?」といわずに、笑顔で、 なんどでもつきあうのが、 愛情だと、私は思っている。
文京区小石川の事件。
チラシ製作会社経営の父が、 一家を殺傷した事件。 悲しい事件だ。 子供たちがかわいそう、 取り返しのつかないことをしてしまった、 というようなことが、 今日の読売新聞の一面だし、 ほかの報道も似たり寄ったりだと思う。 でも、私だったら、こういう。 生きながらえた父親は、 罪をつぐなって、 もう一度、人生をやりなおしてほしい。 残された家族を一生かけて幸せにしてほしい。 これは何も、きれいごとではない。 私だって、このお父さんと同じように、 日々罪をおかしている。 聖書の中で、 キリストは、姦通の罪をおかして石打の刑のされそうな婦人を前に、 「まず罪をおかしたことがないものが、 この婦人に石をなげなさい」 と言われた。 そして、誰一人投げるものはなく、去っていった。 という話がある。 同じように、 この父親を前にして、 石を堂々と投げられる人がいるだろうか。 私たちは、 事件を前にすると、 つい、被害者の側に身をおいて考えてしまう。 でも、それを、 自分も罪をおかすかもしれない、 というふうに考えてみると、 まったく違ったふうに、 ひとつひとつの事件をみることができる気がする。 どうか、小石川のこのお父さんが、 罪をつぐない、 そしてこどもたちも、 父親をゆるし、 家族の絆を取り戻すことができますように。
田舎に帰ってきて、
ひさびさにテレビ漬けにされている。 体は悲鳴を上げているが、 今日放送されていた、 アウシュビッツとヒロシマのドキュメンタリーは、 食い入るようにみてしまった。 その中で、 こんな詩が紹介されていた。 栗原貞子さん、という方の詩だそうだ。 *************** 『ヒロシマというとき』 〈ヒロシマ〉というとき 〈ああ ヒロシマ〉と やさしくこたえてくれるだろうか 〈ヒロシマ〉といえば〈パール・ハーバー〉 〈ヒロシマ〉といえば〈南京虐殺〉 〈ヒロシマ〉といえば 女や子供を 壕のなかにとじこめ ガソリンをかけて焼いたマニラの火刑 〈ヒロシマ〉といえば 血と炎のこだまが 返って来るのだ 〈ヒロシマ〉といえば 〈ああ ヒロシマ〉とやさしくは 返ってこない アジアの国々の死者たちや無告の民が いっせいに犯されたものの怒りを 噴き出すのだ 〈ヒロシマ〉といえば 〈ああヒロシマ〉と やさしくかえってくるためには 捨てた筈の武器を ほんとうに 捨てねばならない 異国の基地を撤去せねばならない その日までヒロシマは 残酷と不信のにがい都市だ 私たちは潜在する放射能に 灼かれるパリアだ 〈ヒロシマ〉といえば 〈ああヒロシマ〉と やさしいこたえが かえって来るためには わたしたちは わたしたちの汚れた手を きよめねばならない # by little-fir-tree | 2008-03-30 00:39
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